キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、満たされ、癒やされていく恵みをあなたと。。。

主は今生きておられる

こんにちわ~

外はすごい雨、嵐、明日の朝には晴れないかなぁ。。。

 

さてさて、昨日、日曜日はイースター、イエス様が復活なさったことを記念する日です。

 

で、イースターである昨日、礼拝での特別賛美で、この曲が賛美されました。

 

 

1、神はひとり子を世に送られ
人々は主を「イエス」と呼んだ

主は愛と、癒やしと罪の赦しのために
やって来られた

神に背いて生きていた私の罪を赦され、
あがなうために

主は人として生き、そして死なれた
何も入っていない墓

それは私の救い主 イエス・キリスト
生きていることを証明するために
そこにある!

☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

 

☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆ 

2、なんて素敵なことなんだろう
生まれ変わって新生した
たましいを有するとは

主が与えられる、
その満ち足りたものと喜びに触れ

更に優れた揺る動かぬ確信を
満たすものとなる

神の子とされたこの者は、
確信の持てない生涯に
立ち向かっていける

主は生きておられるのだから!

 

☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

 

☆★○☆★○☆★○☆★○☆ 

3、そしていつの日か、
私はその川を越え

苦悩を伴った人生の最終決戦を
挑むことになるだろう

その後、死が勝利へと
取って代わるので

神の栄光の多くの輝きを
私は目の当たりにし

主イエスが統治されていることを
知るようになるだろう

 

☆主が生きていおられるから、
私は先にある困難に立ち向かっていける

主が生きて働いておられるから、
すべての恐れは消え去っていく

それゆえに、私は知る
後に起こりうることは、
主の御手の中にあることを

人生は生きている者にとって
価値あるものなので

まさしく、
主は生きて働いておられるのだから!

 

 

「主が生きておられる」

これがどんなに素晴らしいことか。

イエス様は私たちの罪のために十字架にかかって死なれ、墓に葬られ、そして三日目によみがえられました。

 

そう、今、イエス様は復活され、今も生きておられるんです。

 


最近、特にいろんな不安や恐れの風が心にピューピューと吹いてきます。

 

この先どうなるんだろう。。。
失敗したらどうしよう。。。
もうダメなのかな、手遅れだよなぁ。。。

 

こんな声というか、思いが心に響いてくるんです。

でもね、その度に思わされるんです、「そうだ、主は今生きておられるんだ!」ってね。

イエス様は今、生きておられ、天においてぼくのためにとりなし、祈っていてくださっている。

そしてぼくの呻きも悲しみも恐れもぜーーーんぶ、イエス様は知っておられ、共に涙し、祈り、天のお父様に届けてくださっている。

主は良いお方、ぼくに対する計画をぼくが生まれるずーーーっと前、天地が創られる前から持っておられ、その計画の中でこの世に誕生し、中学3年生の時にイエス様と出会い、福音を受け入れて救われ、今に至っています。

主のその計画に信頼しようって思わされているんです。

 

答えは主にあります。

そして、主はすべてを知っておられ、主の計画に信頼しよう。

そして一歩一歩、主が道を開いてくださることを信頼して前進していこう。

そう思わされています。

 

これも「主は今生きておられる」、ここにあるんです。

イエス様が十字架で死なれ、それで終わっていたら、三日目に復活しなかったら、イエス様は死に負けたことになります。

そして、いろいろな偉人の一人にすぎない存在となり、もはや神ではありません。

 

でも、主は今生きておられるんです。

ここに私たちの希望があります。

そして、まもなく、イエス様とお会い出来るんです。

これが私たちの希望です、ハレルヤ!

 

このイースター、「主は今生きてられる」ということが、どんなに大きなことなのか、じっくり味わい、感謝しました。

 

 

今週一週間、「主は今生きておられる」という恵みを味わい、そして主の計画に信頼して歩んでいくことができますように☆

そして、いろいろな否定的な、サタンの声に惑わされることなく、ただ主のみことばのみに心開く一週間でありますように☆

 

今週もよろしくお願いします🎵

じゃぁね~(@^^)/~~~

 

 

すべては主の恵みによること

こんにちわ~

今週に入って、ちょっといいことありました。

 

それはですね、痛みが取れたんです。

何の痛みかというと、足なんです。


実はですね、今年に入ってから、急に足が痛くなったんです。

しかも変なところで、膝とか腰とかじゃなくって、なんと、なんと足の裏なんです。


今年の1月の終わりくらいからなんですが、歩いていると、なんか違和感を感じたんです、足に。。

最初、靴底に何かあるのかなって思ったんですが、じわじわと痛くなり、歩くのもしんどいくらいになりました。

と言いつつ、がんばって、足を引きづって歩いたんですけどね。。。


で、どこかというと、左の足の裏の、真ん中辺、かかとの上くらいの場所なんです。

歩いていると、なにかシコリが出来ていて、それに当たって痛いみたいな、そんな感覚なんですが、直接見てみると、そういうシコリとか一切ありません。

触っても、表面上はごくごく普通なんです。


おかしいなぁ~と思いつつ、痛いのを我慢して我慢して、ここまで来ました。


でね、今週に入ってから、それも異変が起こり、痛みが治まってきたんです。

そして今朝、足の裏の痛いところをもんでも痛みが無いし、走っても大丈夫でした。


痛いときは走れませんでした。

だってね、歩くのも痛みと闘いながら、足を引きづって歩いていたんですからね。


それが痛みも取れ、走れるようになったんです。

やっとです。


つくづく思わされたんですが、痛みがあり、何するにも辛かったんですが、足の裏のたったワンポイント、部位としては本当に500円玉くらいのところだけなんです。

たったそれだけで、体全体に影響を及ぼすんですね。

 

今、本当に痛みが全く無く、あの時の痛みは何だったんだろうって感じています。

それくらい痛みが無いんです。


でもね、足の裏のほんのちょっとの部分なんですが、そんなところでも痛いと歩くのも大変です。

立っているだけでも痛みがキツくてしんどいんです。


改めて思うんですが、当たり前なんて一切無いんですね。

数年前、ネフローゼ症候群という腎臓の病を患い、その時も体に水が溜まり、今まではごく普通にトイレに行っていたんですが、それも恵みなんだなぁって思わされました。

変な話ですが、「おしっこが出て感謝します~」みたいな、ネ。


本当にすべては神様の恵みの中にあるんですね。

その恵みがわかればわかるほど、自分の内には何もないんだなぁって思わされます。

痛みは辛いし、病も辛い。でもその苦しみを通して神様は御自身の栄光を現され、神様に頼ることの大切さ、そしてすべてが恵みである事を教えられます。


あぁ、主は素晴らしい。。。


あさってはイースター、究極の恵みは、罪の無い神の御子であられるイエス様が私たちの罪を一心に背負い、犠牲の捧げ物として十字架で死なれ、墓に葬られ、三日目によみがえられたこと。

十字架こそ、私たちに対する究極の恵みですね。

この土日、その恵みを味わいつつ、主に感謝する時となりますように。。。


じゃぁね~

 

桜の花を見ながら。。。

こんにちわ~

今年の桜って、例年よりも少し遅くて、長く楽しめますね。

今日も満開の桜に癒されました。

 


さてさて、桜なんですが、これ、今日撮ったんじゃないんですが、とっても綺麗なので、分かち合いますね。

 

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 川沿いっていうと目黒川を思い浮かべるかもしれませんね。

でも、あちらは大都会の桜、今回のは山に囲まれた田舎の桜なんです。

人も少ないので、ゆっくり楽しめました。

 

 

で、この桜なんですが、ぼくが好きな場所の桜です。

赤い橋が川にかかってて、なんか温泉地みたいな雰囲気で、ここに行くとホッとするんです。

 

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ね、綺麗でしょ~

 

 


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そんなんで、とっても癒されました。

 

毎年思うけど、桜って神様からのプレゼントなんだなぁって思わされます。

でもこの桜、開花の条件があり、それは寒さなんです。

 

寒くならなきゃ咲かないのが桜です。

そして、寿命も数日。

 


ぼくたちの歩みも、今は冬というか、極寒の真冬みたいなんだけど、でも、必ず桜の季節はやってくるんですよね。

だからね、神様に信頼し、神様の守りの御手の中に留まり、桜の季節(霊的な)を待ち望むことですよね。

 

冬の寒さが桜の栄養、人生の冬の季節こそ、神様との関係が深まり、神様と一つとされます。


桜を見ながら、そんなことを思い巡らしました。


今週もあと半分、後半も主の御手の中で。。。


じゃぁね~👋