キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、満たされ、癒やされていく恵みをあなたと。。。

キリストの優しい風

こんにちわ~

 

今日から本格的にはてなブログ、スタートさせようと思います。

 

このブログのタイトル、「キリストの優しい風」なんですが、これ、新約聖書ヨハネ福音書3章8節からです。

 

風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。

霊から生まれた者も皆そのとおりである。

 

風は思いのままに吹く

 

聖霊の風は自由に、主の思いのままに吹いています。

 

自由に、そして優しく。

 

 

思うんですが、クリスチャンライフって、この風に身を任せ、導いて頂く、これなんじゃないのかなぁって思うんです。

 

ところが、教会では奉仕、奉仕。

 

クリスチャンライフも、何か神様を悲しませているんじゃないのかとか、まだまだ足りないとか。。。。

 

その結果、クルシチャン。。。。

 

 

でもね、実際はクリスチャンって本来自由なんですよね。

 

だって、イエス様は十字架上で亡くなる直前に、最後力を振り絞って、大きな声で「完了した!」っておっしゃいました。

 

これね、特別な言葉じゃなくて、実は商売用語だったんです。

 

ギリシャ語で「テテレスタイ」って言うんですが、これは「完済した」っていう意味で、すべての借金が支払われたっていう意味なんです。

 

まるで商売人の人が「テテレスタイ!」、「この人の借金は完済した!」って宣言しているように、大声で「テテレスタイ!」って言われたんです。

 

 

イエス様は、この言葉を言われた時、私たちの罪による借金、過去、現在、未来に渡るすべての罪は完全に支払われたんです。

 

これまで、ぼくたちは、罪という借金を負い、しかもそれは到底支払えない、何兆円という莫大な霊的な借金を抱えていました。

 

しかも、この借金を取り立てサタンが来て、責め立てるんです。

 

 

でもね、もうどうしようもないこの借金を全部支払って、罪という借金から完全に解放してくださったお方がいるんです。

 

そのお方こそ、イエス様。イエス様があの十字架上で「テテレスタイ!」って宣言してくださったとき、私たちは完全に自由にされました。

 

だから、今、自由なんですよね。

 

そして、イエス様が十字架で死なれ、墓に葬られ、三日目によみがえり、天に挙げられましたが、その結果、もう一人の助け主である聖霊が下り、今、私たちの内に住んでいてくださっています。

 

 

この聖霊の風が吹いて来た時、その風の流れに身を任せたとき、神様はご自身の御心を現して、導いてくださいます。

 

だからクリスチャンって冒険と祝福に満ちてるんですよね。

 

 

ただ、その風がいつ吹いてきてもいいように、心の準備が必要。

 

みことばを通して心を整え、主に依り頼み、主を味わい、聴き従う歩みが必要なんですよね。

 

 

「キリストの優しい風」

ご一緒に冒険と祝福に満ちたクリスチャンライフ、味わいましょう。

 

ブログはゆる~~く、自由に、導かれるまんまに、自然体で書いていこうと思ってます。

 

一緒に楽しんでくださると、とっても嬉しいです。

 

読者も募集してます~

 

 

祝福を祈ります。

キリストの愛を込めて。。。

 

でわでわ~