キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、満たされ、癒やされていく恵みをあなたと。。。

クリスチャンの目指すところ

こんにちわ~

今日も一日終わりました。ふぅ~

 

ヘブル12章22~24節

今日もみことばの分かち合い、しますね。

今日はヘブル人への手紙12章22~24節です。

 


しかし、あなたがたが近づいたのは、シオンの山、生ける神の都、天のエルサレム、無数の天使たちの祝いの集まり、天に登録されている長子たちの集会、すべての人の審判者である神、完全なものとされた正しい人たちの霊、新しい契約の仲介者イエス、そして、アベルの血よりも立派に語る注がれた血です。

 

クリスチャンの目指すところ

これ、私たちクリスチャンが目指すところです。

「シオンの山」、「生ける神の都」、「天のエルサレム」、「無数の天使たちの祝いの集まり」、これらぜーんぶ天の御国を指すワードです。

冒頭で「あなたがたが近づいたのは」ってあるけど、私たちは天の御国に向かって日々歩んでいるんです。

 

そして、イエス様の十字架と復活の福音を信じ受け入れた私たちは、将来必ず天の御国に行くことが出来ます。例外無しです。

一度救われたら、たとえ罪を犯しても、救いを失うことは絶対にありません。

法に触れる過ちを犯したとしても、自殺をしたとしてもです。

救いは神様の側の一方的な恵みなんです。

 

天の御国はどういうところ?

次にその天の御国はどういうところかについて、語られています。

天に登録されている長子たち

これは「福音の三要素」(第一コリント15:3~5)と言って、イエス様が私たちのために十字架にかかられて死なれたこと、死んで墓に葬られたこと、そして三日目によみがえられたこと、この三つが自分の罪のためだということを信じ、受け入れ、そして復活のイエス様に信頼することですが、この福音の三要素を信じ受け入れたクリスチャンたちです。

イエス様が十字架にかかられ、復活してから約2000年、この2000年間で救われたクリスチャンたちが天の御国にいるんです。

私たちの身近なクリスチャンで先に召された方ももちろんその中に含まれています。

だから、クリスチャンはたとえこの地上生涯を終えて先に旅立っても、私たちは必ず再開できるんです。

 

すべての人の審判者である神

これはもちろん神様です(笑)

天のお父様が天の御国におられるのです。

 

完全なものとされた正しい人たちの霊

これは旧約聖書の聖徒たちです。

ヘブル11章39節にはこう書かれています。

「ところで、この人たちはすべて、その信仰のゆえに神に認められながらも、約束されたものを手に入れられませんでした」

この旧約の聖徒たちは死後、ハデスというところに行ったんですが、イエス様が十字架で死なれた後、そのハデスにいた旧約の聖徒たちを引き連れて、天に上られ、今、旧約の聖徒たちは天の御国にいるんです。

だからね、ぼくたちは将来、旧約聖書に登場する聖徒たちにも会えるんです。

これって凄くないですか~!!!

 

新しい契約の仲介者イエス

天の御国にはイエス様がおられます。

イエス様の十字架での犠牲の捧げ物により、私たちの罪は完全に赦され、取り除かれました。

このイエス様は新しい契約の仲介者であり、イエス様を通して天の御国に将来入ることが出来るんです。

 

そして新しい契約の仲介者であるイエス様、天の御国で何をしているか、わかりますか?

もちろん遊んでるんじゃないですよ(笑)

そうじゃなくて、私たち地上生涯を送っているクリスチャンのために日々執り成し祈っていてくださっているんです。

今、イエス様は大祭司として、私たちのために執り成し祈られているんです。

だからね、私たちはひとりぼっちじゃないんです。

イエス様は私たち一人一人のことを知っておられ、個人個人のため、共に涙して祈り続け、愛し続けてくださっているんです。

ハレルヤ!

 

アベルの血よりも立派に語る注がれた血

 最後にアベルの血よりも立派に語る注がれた血ですが、これはイエス様が十字架上で流された血です。

天の御国にはイエス様の血が天にあるんです。

 

 凄くないですか!

ヘブル人への手紙の著者は「あなたがたが近づいたのは」(22a)って言っています。

そう、天の御国に近づいているんです。

死は終わりじゃないんです。

そして私たちクリスチャンにとって死は恐れるところじゃなく、死後行く場所はどこかを聖書は明確に教えてくれているんです。

 

私たちはまもなく天の御国に行きます。

イエス様にお会い出来るし、私たちの信仰の先輩方にお会い出来ます。

最愛のクリスチャンのお友だちやご家族が先に亡くなったとしても、何れ私たちもその人たちのところに行き、再会の喜びが待っているんです。

 

私たちクリスチャンにとっての希望はここにあるんです。

 

将来の希望がはっきりしているから、今を生きられるんですよね。

主を待ち望む歩み、お互いにしていきましょうね。

 

今日はこのことを一日思い巡らし、クリスチャンって凄いなぁって改めて思わされた一日でした。

 

でわでわ~(@^^)/~~~