キリストの御手の中で

まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。。キリスト御手の中での歩みをあなたと。。。

神様の切実な思い。。。

こんにちわ~

今日も無事終わりました。

 

今、いろいろ聖書を毎日味わってるんですが、エゼキエル書を味わいました。

で、その中で、神様の御思いに触れた思いがした箇所があったんです。

 

神様の御心

 

これ、エゼキエルを通して、イスラエルの民に語られたことばです。

イスラエルがついに滅び、捕囚としてバビロンに連れて行かれ、そういう状況の中で、民はもう二度と立ち上がれないという思いに捕らわれ、「私たちはどうして生きられよう」という投げやりな思いを語っています。

そういう状況の中で神様はエゼキエルを通して語られたのです。

 

このみことば、悔い改めを迫っていますね。

でもね、同時に神様のイスラエルの民に対する思いがここにあるのです。

 

「立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から」

神様の呻きがここから伝わってきますね。

そして、神様の御心は、悪人が滅ぶことではなく、悪人が悔い改めて立ち帰ることなんです。

 

これ、イスラエルの民に対してだけでなく、今日の私たちに対しても同じです。

今、ぼくたちに対してもまた、「立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から」って語られています。

 

なんかね、神様の呻きというか、涙ながらの訴えがこのみことばからひしひしと伝わってきますね。

 

 

 神様の御心に応答する方法

 

これ、ぼくたちクリスチャンに対するみことばです。

 

霊的119番

ハッシュタグで「霊的119番」って書いたんですが、どういう意味かわかりますか?

第一ヨハネ1章9節、つまり119なんです。

 

未信者は自分の罪のためにイエス様が十字架で死なれ、墓に葬られ、三日目によみがえったことを信じ受け入れるなら救われます。

じゃぁクリスチャンが罪を犯したら。。。

そう、この霊的119番が答えなんです。

 

ぼくたちが病気になったら救急車を呼ぶように、クリスチャンが罪を犯し、神様を悲しませることをしたら、自己憐憫に浸るんじゃないんですよ。

もう赦されない。。。って落ち込むことでもないんです。

 

「私たちが自分の罪を言い表すなら」、つまり、神様の前に自分の罪を告白し、悔い改めるなら、神様は真実で正しいお方ですから、その罪をその瞬間に赦し、すべての悪からきよめてくださるんです。

 

だから、ぼくたちにとって悔い改めは大切なんですよね。

 

神様の前に素直に悔い改め、神様のこの呻きに応答する者でありたいですね。

そして、いつも霊的119番、ここに電話し、悔い改め、立ち帰りましょうね。

こうやって、ぼくたちはイエス様の似姿に帰られていき、将来、この地上生涯を終え、天国に行ったとき、ぼくたちの体は栄光の体、まさにイエス様の似姿に変えられるんです。ハレルヤ♡

 

祝福を祈ります。キリストの愛を込めて。。。

じゃぁね~(@^^)/~~~