キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。

あなたのような神が、ほかりあるでしょうか!

こんにちわ~

今週もあと1日、そして2月もあと一週間を切って、あと半週くらいで3月です。

なんか速いですね~~

 

今年もまもなく3ヶ月目になりますが、実は、3ヶ月目にしてひとつのみことばが心にあり、最近、それを思い巡らしています。

それは、旧約聖書のミカ書7章18節です。

 

 

あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。

あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。

あなたは咎を除き、ご自分のゆずりである残りの者のために、祖向きを見過ごしてくださる神。

いつまでも怒り続けることはありません。

神は、恵みを喜ばれるからです。

 

ミカの言葉遊びの祈り

 

「あなたのような神が、ほかにあるでしょうか」

これ、実はミカの言葉遊びなんです。

っていうのは、ミカの意味がわかると、なるほど~って思ってもらえると思います。

 

ミカっていうのは「ミカイヤ」という言葉が短縮された言葉なんです。

で、ミカイヤっていうのは「誰が主のようであろうか」っていう意味なんです。

 

ミカは祈りの中で自分の名前を使って語っているんです。

ミカイヤ!!ってね。

 

この祈り、紀元前8世紀、北王国であるイスラエルアッシリアによって滅ぼされた頃、南王国ユダの人たちに対しての祈りであり、メッセージなんです。

北王国はどうしようもなく堕落し、偶像礼拝に走って、その結果アッシリアに滅ぼされましたが、南王国であるユダも酷い状態でした。

そういう状態の中にあっても、イスラエルの残れる者と呼ばれた信仰者がいたんです。

 

本当に不思議であり、神様がイスラエルを見捨てていない証拠なんですが、この時代から今に至るまで、一貫してどんなにイスラエルが罪を犯しても、「イスラエルの残れる者」はいます。途絶えたことは歴史上一度もありません。

今日は、メシアニック・ジューと言われるイエス様をメシアと信じるユダヤ人の人たちがそれです。

 

そのイスラエルの残れる者への励ましのメッセージがこれです。

 

私たちへのメッセージ

「あなたのような神が、ほかにあるでしょうか」

これ、同時に今日の私たちへのメッセージでもあるんです。

そう、私たちへの励ましです。

 

エス様の十字架の真実

ミカイヤ!!

本当にそうです。イエス様が十字架上ですべての人、過去も現在も未来もすべての人の罪を身に負われました。

そして、神であるお方なのに十字架にかけられて。。。

十字架刑ってどういうのかわかりますか?それはむごい刑です。

 

エス様は十字架にかかる前、鞭で打たれました。

それは徹底していて、皮膚は裂け、骨が見えるほどにします。

鞭が顔に絡み、顔も陥没しました。

そして悲惨な状態の中で十字架にかけられたのです。

 

エス様は十字架にかけられるとき、身にまとっていた服をすべて脱がされました。

映画では腰にふんどしのような布が巻かれていますが、実際にはそんなものも無いです。

そう、全裸です。

 

十字架は見世物の刑でもあるので、人通りの多いところでかけられます。

だからいろんな人が全裸で十字架にかけられたイエス様を見ました。

そして、汚い話ですが、おしっこもうんちも垂れ流し状態です。

そして何もかも見られているのです。隠すことも出来ないので。。。

 

そんな人間としての尊厳も何もない状態で、まるで動物園の檻の中にいる動物のように人々はイエス様を見、人々はイエス様に言いました。

「もしお前が神の子なら自分を救ってみろ!そして十字架から降りて来い!!」って。

また「他人は救ったが、自分は救えない。彼はイスラエルの王だ。今、十字架から降りてもらおう。そうすれば信じよう。彼は神に依り頼んでいる。神のお気に入りなら、今、救いだしてもらえ。『わたしは神の子だ』と言っているのだから!!」って罵声を浴びせました。

 

普通なら絶えられないです。

でもイエス様はそんな状態の中で、そうやって罵声を浴びせる人々のために「父よ、彼らを赦してください。彼らは自分で何をしているのかわからないでいるのです」って、彼らのために祈られたのです。

 

そして、それは私たちへの祈りでもあります。

エス様は神であるお方であり、本来十字架にかかる必要など全くありません。

それなのに、人間としてこの地上に誕生され、私たちの罪の身代わりとして十字架にかかられたのです。

私たちが本来十字架にかからなければならないのに。。。

 

どうすれば罪が除かれるのか

もし私たちが、イエス様が自分のために十字架にかかられたこと、死んで墓に葬られたこと、そして死んで終わりではなく、三日目によみがえり、天に上り、今も生きて私たちのためにとりなし祈っていてくださるお方であることを信じたのなら、まさにこのミカの祈りのとおりに私たちの罪は完全に除かれるのです。

 

神様の私たちへの愛

ミカイヤ、あなたのような神が、ほかにあるでしょうか!

こんな素晴らしいお方を私たちは信じているのです。

そして、現実に今も生きておられるのです。

 

人々はお正月になると初詣だとこぞって神社に行きます。

また占いにはまり、風水にはまり、虚しい神々に頼ろうとしています。

でも、神社の神は咎を除くことができますか?

私たちの罪を完全に除くことができますか?

占いに何の希望がありますか?占いは偶像礼拝であり、罪です。

 

そういう人々に言いたいです、「ミカイヤ、あなたのような神が、ほかにあるでしょうか!」

 

このお方に全幅の信頼を置いて、主に導かれて歩みたいです。

 

ぼくたちはこのお方に最高の愛で愛されているのですから。

ハレルヤ!

 

祝福を祈ります。キリストの愛を込めて。。。

 

じゃぁね