キリストの優しい風

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荒野での神様の養い

こんにちわ~

今日から3月です。今月もよろしくお願いします。

 

 

荒野での神様の養い

さてさて、今朝、みことばを味わっていて、一つの箇所が心にとまりました。

それは新約聖書使徒の働き13章18節です。

 

そして約四十年の間、荒野で彼らを耐え忍ばれ、

 

この短い箇所です。

 

パウロのアンテオケでのメッセージの中の一コマ

これ、パウロバルナバ、マルコという3人の人による第一回目の伝道旅行で、パウロがピシディアのアンテオケというところで、安息日ユダヤ人の会堂でメッセージをした中の一コマなんです。

 

でね、この「そして四十年の間、荒野で彼らを耐え忍ばれ」っていう箇所なんですが、パウロは、旧約聖書全体がイエス様の誕生と密接に結びついていることを説明するために、旧約聖書の歴史を振り返りました。

その中で、最初ヨセフを通してヤコブとその子どもたち、孫たちとヤコブ一家というか一族というか、ともかく彼らがエジプトのゴシェンというところに住むようになりました。

激しい飢饉から逃れるために。

そして、そのエジプトで彼らの子孫、そうイスラエルの民がもの凄く増えて、一大民族と成長したんです。

しかし、エジプトの王様であるファラオはそのイスラエルの民に対して脅威に感じ、彼らを奴隷として苦役に喫したのです。

その奴隷状態から神様はモーセを用い、イスラエル民族を解放させるためにエジプトから脱出させました。

脱出したイスラエルの民、神様に文句ばかり言い、結果、荒野で40年もの間さまよい歩くこととなったんです。

 

実はこの18節、その荒野の40年間のことをパウロが語った箇所なんです。

 

この箇所、「約四十年の間、荒野で彼らを耐え忍ばれ」って、神様が耐え忍ばれたと訳されていますけど、新改訳聖書の欄外注を見ると、※で「異本『養われ』」って書かれているんです。

 

つまりね、約四十年の間、荒野でイスラエルの民を神様が養われたとなるんです。

 

荒野の40年

40年間、神様は罪を犯したイスラエル民族を決して見捨てたり見放したりせず、荒野という孤独で苦しい中で養われたんです。

彼らは神様に文句ばかり言い、不信仰の罪の結果、40年もの間、荒野をさまよい歩き、結果、不信仰の代の人たちは全員亡くなり、その子どもたちが40年後にカナンの地に入りました。

 

40年の荒野生活、如何に孤独であったのか、不安であったのか。。。

でもね、その荒野生活こそは、彼らが神様によって養われる大切な時だったんです。

 

苦しく辛い荒野生活、今日の時代においても、ありますよね。

ぼく自身も、今もそうなんですが、不安と恐れで心がきゅーっと押しつぶされそうになることがあります。

誰にも相談出来ず、一人苦しい時です。

 

神様の荒野の中での愛

でもね、イスラエルの民を荒野で見捨てずに愛され続け、養われた神様は、ぼくたちをも愛し続け、時に荒野という場に導かれることもあるんです。

それは意地悪とかではなく、私たちを養い、イエス様の似姿に変えるために、そして成熟したクリスチャンとするためにです。

そう、神様はぼくたちを愛しておられるんです。

 

そして、荒野に退けるのも神様の許しの中でのことです。

だってね、すべてのことは神様の許しの中でのことで、実は悪魔の攻撃も神様の許可を得なければ出来ないんです。

 

荒野の中でどういう行動を取るか

ぼくたちはこの荒野の中でどういう行動を取るかが問われているんですよね。

神様に文句ばかり言って反抗的な態度を取るか、それとも神様に養われるために、神様の御手の中に留まり、神様に身をゆだねるか。

この二つの選択で、どちらを選び取るかでその先が大きく変わってくるんです。

 

ぼくたちは神様に養われている子どもです。

神様に愛されている子どもなんです。

今、改めて神様に信頼し、荒野の中で神様の養いを受けたいです。

 

状況に振り回されるのはうんざり。

だって、サタンの思うつぼだし、神様を悲しませることですからね。

 

状況に左右され振り回される生き方じゃなく、荒野の中で神様の養いを受け、恵みを受け取る生き方をしたいです。

 

神様が養う方法

ぼくの大好きな箇所で、詩篇23篇5節が今心に響いています。

 

私の敵をよそに、あなたは私の前に食卓を整え、頭に香油を注いでくださいます。

私の杯は、あふれています。

 

 

神様は敵の前で食卓を整えてくださるお方、まさに敵あるサタンをよそに、大ごちそうを与えてくださり、頭に香油を注いでくださるお方、神様はそういうお方です。

そして、それはぬくぬくした平穏な状態、もちろんそういう時もありますが、荒野に退けられたとき、そのただ中で、食事をととのえ、香油を注いでくださるんです。

 

ほんと、状況に振り回されるんじゃなく、神様の養いを受ける歩み、していきましょうね。

ハレルヤ☆

 

じゃぁね