キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。

神様のみこころなら

こんにちわ~

今日、ツイートしたことについて、分かち合います。

 

 

この使徒18章20~21節なんですが、これはパウロの第二回伝道旅行での出来事です。

エペソの信者と短い間ですが、共に過ごし、いよいよ別れの時の出来事でした。

 

実際には、この後また三回目の伝道旅行に行くのですが、その時の中心地となる町がこのエペソとなるんですけどね。

 

 

で、このパウロが別れ際に語ったことばの中で、「神のみこころなら、またあなたがたのところに戻って来ます」ってありますね。

その「神のみこころなら」って、当時のユダヤ人が頻繁に使っていた慣用句だったんです。

その意味は、すべては神様の支配下にあるっていうことです。

これは神様に信頼し、神様の御心に完全に信頼し、そのご自身の支配に身を任せ、みこころなら必ずもう一度戻ってくる。神様の御心にただただ信頼するという姿勢の現れの表現ですね。

 

 

ヤコブの手紙4章15節にこうあります。

 

あなたはむしろ、「主のみこころであれば、私たちは生きて、このこと、あるいはあのことをしょう」と言うべきです。

 

「神のみこころであるなら」

ほんと、この姿勢、大切ですよね。

これは私たちクリスチャンにも当てはまる表現です。

 

私たちは自分の思いか、神様の御心か、どちらを重視しますか?

私たちがミスる原因って、神様の御心よりも自分の思いを重視し、その思いを神様にしてくださいって祈っている場合なんですよね。

 

いつも「神のみこころであるなら」という祈り、お互いにしていきましょうね。

 

祝福を祈ります。キリストの愛を込めて。。。

じゃぁね