キリストの優しい風

キリストの優しい風に吹かれ、自由に導かれ、癒やされ、変えられていく幸せをあなたと。。。

昨日でも明日でもない、大切なのは今日

こんにちわ~

今日も無事終わりました。ほっ♪

 

今日は思っていること、書きますね。

雑記です。

 

クリスチャンの心のあり方

 

クリスチャンの本質っていうか、クリスチャンってどういう存在なんだろうっていうことです。

 

 クリスチャンはいつも進化系

思うんですが、クリスチャンっていつも進化形、進行形な存在なんだと思うんです。

だってね、ぼくたちは毎日、神様によって造りかえられているんです。

 

だからね、昨日のぼくと今日もぼくは違うんです。

 

大切なのは、昨日の自分を見て落ち込むことなんじゃなく、今、今日の自分を、神様が造りかえ、新しくされているんだって、信仰によって受け取ることなんです。

 

神様はぼくたちを造りかえるため、時に試練を与えられます。

悲しいかな、ぼくたちの内にある罪が大きくて、それを砕くためにはこうせざるを得ないんです。

そうやって、ぼくたちは毎日新しくされ、イエス様の似姿に変えられているんです。

 

だから、今日という日、イエス様の似姿に変えられている自分を受け入れ、その恵みを感謝することなんです。

そう、神様から与えられ、ご自身の似姿に造りかえてくださっている恵みに感謝しつつ。。。

 

 過去や未来に恐れる私たちの心

私たちは、過去を見て、過去の自分に「あの時どうしてああやらなかったんだろう」とか、「あの時ちゃんとやっていれば」とか、「あんなことして」「あんな失礼なこと言っちゃって」って、自分で自分を裁き、責め、それを今の自分に投影し、自分の評価を落としてしまう傾向があると思います。

 

また、明日の自分、つまり将来を勝手にイメージし、これが足りないから出来ないとか、将来いったいどうなるんだろう。。。とか、勝手に自分の将来を作り上げてしまい、不安になっちゃうんですよね。

 

エス様はそれに対して何と言われてるのか?

でもね、イエス様はこう言っています。

ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。

これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。

あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。

あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。

まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。

ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。

明日のことは明日が心配します。

労苦はその日その日に十分あります。

マタイ6:31~34

 

明日のことは明日が心配します。

労苦はその日その日に十分あります。

 

過去のことで落ち込んだり、未来のことで心配したり、、

でもそうじゃないんですよね。

すべては神様の主権であり、神様は私たちを正しき道に導き、最善をしてくださっている。

その神様の導きに信頼し、今与えられている「今日」という日を感謝することが大切なんですよね。

 

私たちの心のあり方

神の国と神の義を第一とする。

そして「今日」という日を感謝し、主に信頼し、依り頼む一日を過ごす。

これなんですよね。

 

だいたい、過去をどんなに公開しても、戻ることは出来ませんよね。

だって、どこでもドアがあるわけじゃないし、どんなにがんばっても過去をやり直して修正することなんて出来ません。

そして、過去の失敗も意味があり、神様はその失敗を通して私たちを造りかえてくださり、祝福に変えてくださるんです。

 

ぼくも過去を振り返ると、なんて失礼なことしたんだろうとか、なんて無責任な態度を取ったんだろうとか、もっとちゃんとやればよかったとか、信用をなくしてしまったことなど、いっぱいあります。

あるものは今も引きずっている部分もあります。

でもね、そういう過去を通して、今砕かれ、自分の弱さや無能さを知り、神様に信頼すること、へりくだることを学んで来ました。

 

それにね、過去どんなに失敗したとしても、人に迷惑をかけたとしても、今生かされ、神様に支えられていますよね。

過去に縛られている人って、あんがいそのことを忘れてると思うんですよ。

自分も含めて。

 

結論:今日を生きよう

ほんと、今日という日を感謝し、大切にして歩みたいです。

そのことをここ数日、思い巡らしていました。

 

過去を見て落ち込んだり、過去の喜びや過去の思い出の中に埋没してしまうのではなく、まだ来ていない将来に不安を抱くのでも無く、「今日」を感謝し、大切に生きる。

その先が明日なんです。

そして、過去も「今日」のために必要なことです。

そのことを忘れることなく、与えられた「今日」を歩む。

お互いにそうしていきましょうね。

 

じゃぁね。